初めに後ろを取ったのはわたしだった。
わたしは彼の後ろに張り付いて執拗にターゲットロックを試みるが、そう易々とロックされるほど彼もアマチュアではない。
機体を巧みに機体を滑らせてわたしのターゲットロックをかわして行く、そして隙をみては急上昇、急下降、急減速を繰り返してわたしの後ろを取ろうとするがそう簡単に後ろを取られるほどわたしもまたアマチュアではない。
「さすが、やるじゃない。」
「お誉めの言葉をどうも。でも流石にきみの前を飛ぶのは飽きたな。」
「あら、わたしはずっと後ろでも構わないわよ。」
「そうはいかないよ、紳士たる者常にレディファーストは心がけないとね!」
その直後、彼の機体が雲の中に入ったかと思うと急減速した。
つられ入ったわたしが雲を抜ける頃にはわたしの後ろを彼が飛んでいる。
「知ってる?レディの後ろ姿ばかり追いかける男は、紳士と言わずストーカーって言うらしいわよ。」
「へぇ、以外と博識だね。じゃあ今度からはレディの横を歩くことにするよ。」
「良い心掛けだけど、そのレディの中にわたしは含めないでね。」
わたしは流れるように機体を操り彼を振り切ろうとするが、彼もそう簡単には行せてくれない。
「OK、じゃあとりあえず当面君の横は空の上だけと心がけとくよ。」
「あら、どんな場所でもわたしの横のチケットは高いわよ。」
「大丈夫、少なくとも空の上のチケット代は僕に払える金額だからね。」
「破産しても知らないから。」
言うなり彼の機体は加速してわたしの機体と対象位置に移動してきた。
今乗っているTA-29 Y-Kの武装は前方に集まっているため、互いに機体上部水平面を向かい合わせにしているこの状態ではどちらも攻撃できない。
わたしは今度こそ本気で彼を引き離そうとするが、まるでお互いの機体がワイヤーロープで繋がれているのでは思えるほど、彼はわたしの機体の横にぴったりと寄り添っている。
互いの翼の先端で雲を引きながら激しい旋回やロールを繰り返している二機の姿は、まるでワルツでも踊っているようだった。
「ミスター紳士さん、あなた今何の時間か分かってるます?」
「確か模擬戦だったはずですよ、レディ。」
「普通こういう飛び方は模擬戦とは言わないと思いません?」
「普通は言わないと思うよ。でもたまにはこういう模擬戦もいいんじゃない?」
「わたしはたまにでも嫌だわ!」
わたしは機首を急に上げ、機体を彼の機体にぶつけるコースをとった。
案の定彼はそれを紙一重で避けてくれて、約15分も続いた空のワルツはそこで中断した。
だがそのあと後ろを取ったのは彼の方だった。
「危険なレディだなぁ、もう少しお淑やかにした方が良いと思うよ。」
「危険で結構よ、第一お淑やかなレディなら戦闘機のパイロットなんかならないわよ。」
わたしはイラついていた。
彼の話し方に、彼の行動に、そして何より彼にずっと手玉に取ら続けている自分自身の操縦テクニックに・・・・・。
イラついてわたしが隙を見せた時、すかさず彼は機体を相対位置に滑り込ませ空のワルツを再開しだした。
(なぜこいつを振り切れない)
(なぜこいつはまともに戦わない)
(わたしはこいつにとって本気を出すに値しない存在でしかないのか)
その後、空のワルツは二時間以上続いた。
その間わたしは持てる力の全てを使って振り切ろうとし、何度も機体をぶつけるコースを取ったりしたが、その度に後ろを取られ空のワルツが再開する。
結局模擬戦はわたしの機体の燃料切れで終を告げ、教官団の『ジェイ・マーシャル候補生に戦闘意志が見られなかった。』とのペナルティの結果わたしの判定勝ちとなったが、わたし自身は己の負けを嫌と言うほど実感していた。
わたしは空で負けたのだ・・・・・
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