パイロット養成学校での毎日は過酷だった。
軍隊規律から始まり機体操作法、機体構造、兵器特性、医術、無重力及び重力下での生存術などの学科、そしてパイロットとしての基礎体力作りから耐G訓練、無重力及び重力下での射撃訓練と護身術などの実技訓練が休みなく続き、パイロット候補生のほとんどがこの地獄の訓練を命令する教官達を殺気だった目付きで睨みつけていた。中には「殺してやる」と言って本当に殴りかかった補生もいたが逆に教官に左腕を折られて終わった。
わたしは、
「わたしには空以外に何も残されていないのだ。」
と自らに言い聞かせて訓練についていっていたが、パイロットになるために候補生になったのに基礎、基礎、基礎で全く飛べない日々にはさすがに少し欲求不満になっていた。
見た目には訓練を楽にこなしているように見えたわたしの姿を回りの心身共にボロボロになっている候補性たちは、まるで化け物を見るような目でみていたが、彼らからわたしと同じような視線を受ける人物がもう一人いた。
ジェイ・マーシャル
彼はどちらかと言えば一見俳優にでもなれそうな美形の優男タイプだったが、どんな過酷な訓練の時でも常に優しい笑みをたやさない変な男だった。
そんな彼にある日わたしは、
「ねえ、きみは何故パイロットを目指しているの?」
と問いかけた。
すると彼は腕を組んでひとしきり悩んだあと、にこやかに笑いながら言った。
「何となくじゃダメかい?」
頭にきたわたしは彼の胸倉をつかみかかった。
「何となくですって、ふざけるないで!」
「別にふざけてなんていないさ、じゃあ聞くけどどんな理由ならパイロットになってもいいんだい? 祖国のため? 家族のため? それこそ僕に言わせるとふざけるなさ、それにタダで教えるなんてもったいないじゃないか。」
「タダじゃだめって言うなら何ならいいのよ!」
「そうだねぇ〜・・・」
(しまった、はめられた! どうせこの男変なこと要求するに決まってる。)
彼の要求は確かに変だったが、わたしの想像とは違っていた。
「・・・じゃあ Thunder Force XII って言うシューティングゲームで僕に勝てたら教えるよ。」
いつでも平手打ちできる準備をしていたわたしの右手は、当初の目的と違ってその後の笑いを抑えるために使われることになった。
結果は・・・・・わたしの惨敗。
まあ対戦相手の彼に操作方法を聞きながらの試合だったので当たり前といえば当たり前だったが、10戦して彼の9勝1引き分けという結果にはわたしは非常に不満だった。
「初めてやった割にはうまいね。」
彼のその言葉にわたしはカチンときた。
「何よ、こんなの所詮ゲーム、ただのお遊びじゃない。 実際の
ドックファイトじゃあ絶対わたしの方が強いに決まってるわ。」
「・・・・・・・負け犬の遠吠え。」
「なんですって、いまの言葉聞こえたわよ・・・」
小さな紛争の後、二者間の話し合いで一ヶ月後の模擬空中戦でのリターンマッチが決定した。
大気圏内戦闘用練習機:TA-29 Y-K
当時、統合政府軍に配備されていた戦闘機のほとんどは索敵システムやターゲットシステムなどがパイロットの神経系とリンクしており、得られた情報は文字では無く気配などといった感覚としてパイロットに伝えられ、パイロットはその感覚を頼りにドックファイトを行っていた。
結果、戦闘機のパイロットには技術よりもセンスが要求されていて、養成学校の学科の中には『禅』という学科が本気で有ったりする。
また技術の進歩は戦闘機に大気圏内外での使用を可能にして、人の手には余るほどの加速性能を戦闘機にもたらした。そのため戦闘機のパイロットにはゼロGから、時には十数Gと言う過酷なG環境下での戦闘を行える能力が要求された。
今回使用するTA-29 Y-Kは練習機とはいえ大気圏内での機動性は現有機の中でもトップレベルで、本来は少しウエイトを付けて模擬戦を行うのだが、今回のわたしとジェイの模擬戦では両者からの願い出により特別にウエイトなしで行われることになった。
通常なら候補生同士の模擬戦でこのような特例は認められないのだが、今回は二人のそれまでの高い成績が評価されて許可された。
正直な話、教官達もわたしとジェイの二人の模擬戦に興味があったと言うことなのだろう。
高度三千フィートに待機しているわたしのもとに地上から模擬戦開始時刻のカウントダウンが入る。
・・・3、・・2、・・1
候補生と教官達の見上げる上空でジェイとのリターンマッチが始まった。
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